トカラ列島 旅行記 野宿しながら約一ヶ月かけて島々を巡った旅の話です!
ムクッと起きるとシケ模様の海が見え、空はガスっていて土砂降りの雨が降っている。
ここにもガジャブがいるらしく、両腕を数ヶ所新しく刺されている。
身体の慣れだろうか刺されて痒いのは痒いがそんなに腫れなくなった。
まだ朝早いし、こんな天気じゃ何処にも行けないので
もう一度寝ようとしていたら、”ガタン” と思わぬ所の戸が開き人が入ってきた。
僕は上半身を起こして「おはようございます!」と言ったらビックリしていた。
この近くに住む漁師さんで、
今日は漁に出られないし雨が降って外で作業が出来ないので
この中で網直しをするという。
漁師さんは僕がここにいても邪魔にならないというので起きて話しをする。
ここには世界の縮図、島国根性日本の縮図が見える。
こんな小さな島でも差別と偏見がしっかりとあるのだ。
それは出身地の違いやそれぞれ持つ風習などあらゆる違いによって発生していく。
一度心に負った傷は傷痕になって二度と消えることはない。
差別と偏見は人間が持った宿命だ。
たとえ全世界が混血化して今までの差別と偏見が無くなったとしても
また新たな差別と偏見が生まれるだろう。
ある島では新しく入植してきて事業を始めた人がいて、
最初は島民も歓迎したがその人が成功しはじめると、
今度は追い出しにかかるといった事もあったらしい。
島によっては一部の有力者によって新しい芽を次々と握り潰されてしまうのだ。
外部から入ってくる人間で教員は一目置かれるが
学校外では目立たず、でしゃばらず、付き合いよくを心して生きていかねばならない。
ここは風が強く肌寒くてゆっくりしていられない。
昼過ぎの西温泉は誰もいなくてお湯がたっぷり快適だ。
波止場に戻ると集落では風がちょろちょろだったのに、ここはときたら風はビュンビュンだ。
テントが壊れそう。
それに立ちションベンもゆっくり出来ない。
風下に向かって放出するが風が回って飛沫が自分に帰ってくる。
仕方がないのでエビのように後ろに下がりながら放出する。
こんなに風が強いのに波止場の先端で釣りをしている物好きな3人組がいる。
また3人組だ。
面白そうなので行ってみると京都から釣りをしにこの島へやって来た中年3人組だった。
吐喝喇は大物釣りのメッカだそうで、
釣道具を持ってこないで何しに来たんやと言われてしまった。
NHKラジオ放送の天気予報を聴く。どうやら天気は悪くなるいっぽうだ。
雨を予想してフライシートを掛けるが、風がいっそう強くなり今にも引き千切られ吹っ飛びそうだ。
仕方なくフライシートを外す。
これで雨でも強くなったらここから逃げ出して温泉まで退避するしかない。
いつでも出れるように荷物をまとめる。こりゃ凄いや、今夜は眠れそうにない。
不幸中の幸いは風向きが沖からではないので
波をかぶることはないだろう。
午前零時過ぎ、雷が鳴りだし風雨ともさらに強くなる。
身の危険を感じ脱出する。
テントの支柱をすべて抜き取り、手荷物以外をいっしょに包んで
丸めてロープで縛り飛んでいかないようにして温泉へ逃げる。
明け方、強風にあおられテントが暴れてうるさく目が覚めた。
身体のあっちこっちが痒いがそれは以前にさされたもので昨夜は刺されていないようだ。
それだけで気持ちがリラックスしてまた眠りにつく。
やっと行動しはじめたのは朝の8時過ぎからだ。
今日は天気が悪いので近くを散歩する。
中之島は周囲約28キロメートルで吐喝喇の中で一番大きな島だ。
そして人口も多く2百人を越えている。
波止場から円錐火山の御岳(979メートル)
別名トカラ富士と呼ばれるくらい美しい山が見えるが
山頂付近は雲がかかっていて未だ全容を現していない。
波止場の奥に漁港があり、
その一番奥に村営の高速船「ななしま」が繋がれている。
十島村の地域活性化の一端として建造されたらしいが今のところ上手く運営されていないようだ。
島の案内板を見ると港がある海岸沿いに西と東に別れて大きな集落があり、
山手の方に池原と高雄の小さな集落がある。
高雄は島の中央に位置し盆地になっている。
そこには中之島文化ゾーンになっていて天文観測所や吐喝喇馬の放牧場などがある。
吐喝喇馬が見たくなって高雄盆地まで歩くことにする
これがまた上りがきつく、
鹿児島で買ったビーチサンダルがまだ足に馴染んでいなく鼻緒擦れを起こし、
親指の内側の皮がベロンと剥けてとても痛い。
ほかの指の間に鼻緒を代わる代わる入れて歩く。
蛇行した坂道を上がりきると広々とした高雄盆地が現れた。
誰もいない。
向かって左側は御岳の裾野、右側は低い山が連なっているので圧迫感が無い。
その真ん中を緩やかなスロープを描いて真っ直ぐな道が続いている。
道をはさんで左手に野球のグランド、
その隣には民俗博物館(まだオープンされていない)があり、
その上の方には牛が放牧されている。
右手の平地では天然記念物の吐喝喇馬が放牧されている。
「吐喝喇馬の放牧地の案内板より」
鹿児島県指定天然記念物 「とからうま」
1・特徴 純粋日本馬
2・指定年月日 昭和28年8月25日
とからうまは、本邦先史時代、日本人の祖先によって家畜に飼養された
馬の形態を残しているものとして、極めて学術価値を認め昭和28年
鹿児島県文化財として、天然記念物に指定されたものである。
原産は宝島で昭和27年における馬数は43頭であった。
これが昭和37年には、23とうに半滅し、この頃から換金に有利な牛に
切り替えるられるようになり拍車をかけて減少した。
昭和49年になると僅か1頭になり、絶滅寸前になる。
併せて、飼育管理者の希望もなく昭和52年9月中之島村営高雄牧場に移管した。
昭和53年3月鹿児島県平川動物園から牝1頭を譲渡した。
昭和55年11月とからうま保存会の協力を得て開聞山麓自然公園から
牡2頭、牝1頭を、購入して、保護対策を推進している。
十島村教育委員会
現在この放牧地には20頭ちかい吐喝喇馬がいる。
雨は止んだが風が強い。
今日は東回りで椎崎、ヤルセ灯台、七つ山海岸と海沿いを歩き
高雄盆地の外れにある御池(底なし沼と呼ばれている)を見て回る。
ほぼ中之島半周の行程を立て午前8時半に出発する。
東集落を過ぎると道は視界のきかない森の中に入り緩やかに上がっていく。
イタチが道を横切る。
かなり前にねずみ駆除のため島に放したらしい。
今現在、イタチが害獣なのか益獣なのかはわからない。
1時間ほどで森を抜けると牧場が広がり視界が開けて気持ちがいい。
道には新しい牛の糞が落ちている。
しばらく行くと牛が一頭、道に出ていた。
ここは右側に牧場の有刺鉄線、左側は崖が上に伸びていて逃げ場所が無い。
僕は右手に木の棒、左手には石を握り牛に近づいていく。
そして大声をだして棒を振り回した。
牛はこのひとどうしちゃったの?と僕を静観する。
僕は立ち止まり顔をそらすと牛は進行方向に歩き出した。
勝った。と思ったら牛はくるりと方向転換して来た。
うそ〜っ!
再び大声をあげ棒を振り回すが、牛は止まらない。
僕は崖に背中をつけ蟹のように横歩きしながら、
ノー! ノー!
と首を横に振り振り牛をかわしたのであった。

「とからうま」

東温泉
寝泊りが許された西集落の倉庫
居心地は良い。

東温泉はどんなもんかと行ってみると
西温泉と同じように海岸の防波堤の所にあり、大きさもほぼ同じくらいだがこちらの方が新しい。
湯は乳白色だが、源泉は透明で酸化して変色したようだ。
正方形の浴槽の中の一辺だけコンクリートが一段出ていて座れるようになっている。
蛍光灯が西温泉の男女一本づつに対して、
東温泉は男女で一本づつなので多少暗い感じがする。